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名古屋高等裁判所 昭和22年(ナ)51号 判決

主文

原告の訴はこれを却下する。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた部分は原告の負擔とし、參加人等と被告との間に生じた部分は參加人等の負擔とする。

事実

原告訴訟代理人は、昭和二十二年四月三十日執行の羽咋町議會議員選擧につき、訴外八島伊作、島喜一、櫻井和三吉よりした選擧の効力に關する訴願に對し被告委員會が與へた裁決を取消し原告委員會がした同人等の異議申立を却下した決定の有効なることを確認する、訴訟費用は被告の負擔とする、との判決を求め、その請求の原因として左の通り述べた。

昭和二十二年四月三十日執行の羽咋町議會議員選擧に際し訴外堀田仁太郞外二十一名が最高百七十一票、最低八十九票の有効投票を得たとして當選人と決した。ところが訴外八島伊作、島喜一、櫻井和三吉より右選擧においては多數の無資格者が投票をなし、又多數の有權者が故なく投票を拒否せられたとの理由を掲げて、原告委員會に對し、同年五月六日右選擧の効力に關し異議申立をした。原告委員會は審査の結果同月十七日付でその異議を理由なしとして却下したところ、同人等は同月十九日さらに被告委員會に對して訴願をした、被告委員會は同年八月二十八日付で「昭和二十二年四月三十日執行の羽咋町議會議員の選擧は無効とする。但し堀田仁太郞、鍋田覺太郞、中川由二、玉木藤松、岩狹〓太郞、高見吉太郞、疋津利一、德山勇太郞、岡澤幸松、釜谷七太郞、片山弟二郞、林永治、端昌治、綱由太郞、永島信由、森淸作、山田宇右ヱ門、坂本長右ヱ門、長岡勇次郞、濱岡忠一は當選を失はない」との旨の裁決をした。然し右裁決には到底承服することを得ない、すなわち被告委員會は「前記選擧に際し有權者として投票をした者の中加藤啓太郞、山口〓子、中川年子、後〓鈴子、中村きよ子、河崎秀治、西芳男の七名は選擧當時羽咋町に住所を有しなかつたから無資格者である。從つてその七個の投票は無効であると認定して、當選人二十二名中の最下位の石黑榮太郞(得票數九十票)及び小林榮治(得票數八十九票)の得票數より七票を控除すると、落選者〓田〓三(得票數八十四票)、八島伊作(得票數八十三票)、土田庄次郞(得票數八十三票)、櫻井和三吉(得票數八十二票)の得票數より少なくなるか又は同數となり、選擧の結果に異動を及ぼすおそれがある」と判定したのであるが、前記七名の者は選擧當時斷じて羽咋町に住所があつたと認むべきである。すなわち、山口〓子、中川年子、後〓鈴子の三名は結婚のため後日他へ轉出したことは事實であるが、選擧當時はまだ羽咋町に居住していた。中村きよ子は分娩のため羽咋町所在の實家に歸宅し産後が惡く引續いて羽咋町に居住していた。加藤啓太郞は兩親と共に羽咋町觀音町に居住し、一家の生計を維持するため羽咋郡高濱町所在の某工場に通勤していたが、勤務の都合上、時々同所に假泊したことがあるだけで、昭和二十二年二月頃妻帶したけれども住所を他に移した事實はない。河崎秀治は京都大學の學生として、西芳男は金澤警察練習所に修學のため、どちらも一時的に羽咋町を離れたことはあるけれども、ほとんど羽咋町に居住していたものである。從て右七名の投票を無効とすることは違法である。かりに右七名が無資格者であつて、その七個の投票が無効であるとしても、この七票を最下位當選者石黑榮太郞及び小林榮治だけの得票數から控除することは不當であつて、候補者全員の得票數より控除すべきである。何となれば地方自治法第六十七條は當選者全員の得票中からこれを控除することにより、法定得票數を欠くに至る者がある場合にだけその適用があると解すべきであるからである。さらに又百歩を譲り被告主張の通り右七票を石黑榮太郞及び小林榮治の得票だけから控除するとしても、落選者の一位、〓田〓三の得票八十四票その第二位八島伊作の得票八十三票の第三位土田庄次郞の得票八十三票その第四位櫻井和三吉の得票八十二票の中にはそれぞれ後述の通り無効と認むべき七票、四票、三票、四票の投票があるから、これらの無効投票を差引くと結局〓田〓三は七十七票、八島伊作は七十九票、土田庄次郞は八十票、櫻井和三吉は七十八票となり、從て石黑榮太郞、小林榮治の得票數はこれらの者の得票數よりなおかつ多いのであるから右石黑及び小林は當選人たることを失はないこと明白である、右落選者等の無効投票というのは次の通りである。すなわち

〓田〓三の得票中檢甲一(裁判所が檢證した際投票についた番號以下同じ)及び同三は候補者でない者の氏名を記載したもの、檢甲二、同五、同六は他事を記入したもの、檢甲四、同七は型を用ひたもの、八島伊作の得票中、檢甲八、同十は候補者の何人を記載したかを確認し難いもの、檢甲九、同十一は他事記入として土田庄次郞の得票中檢甲十二、同十三、同十四は型を用ひたもの、櫻井和三吉の得票中檢甲十五、同十六、同十七は型を用ひたもの、檢甲十八は他事記入としていずれも無効とすべきものである。

なお石黑榮太郞、小林榮治の得票中に夫々被告主張のような三票及び二票の無効投票のあることは爭ふ。

以上の理由によつて被告委員會のした裁決は失當たるを免れないのであるから、これを取消し、原告委員會のした決定の有効なることの確認を求めるため本訴に及ぶ次第である。

(立證省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、との判決を求め答辯として左の通り述べた。

訴外八島伊作外二名より本件選擧の効力に關し異議の申立をなし、原告委員會がその主張の通りの決定をしたこと、次で同人等の訴願に對し被告委員會がその主張の通りの裁決をしたことは認める。被告委員會が本件選擧において投票をした問題の七名が無資格者であると認定したのは左の事情に因る。

山口〓子、中川年子、後〓鈴子、中村きよ子の四名の住所は本件選擧前結婚によつて羽咋町外である夫の住所に移つたものとするのは當然である。單に分娩のため或は婚家との不和のため一時的に實家に歸つたことをとらえて羽咋町に住所があつたとすべきではない。

加藤啓太郞は羽咋町高濱町所在の勤務先、某工場の留守番として妻を帶同して同所に居住した實情に徴し、住所を同所に移したものと斷ずるの外はない。

次に、河崎秀治は京都大學の學生として、西芳男は石川縣警察練習所に修學のため、いずれも長期に亘り羽咋町外に轉出したもので、その住所は夫々の寄留地に在るとなすべきことは内務省地方局長通牒に照し明かである。右兩名がたまたま選擧當時歸省中であつても無權利者たることに變りはない。

從て右七名の投票を無効として取扱つた被告委員會の裁決にはなんら違法はない。

次に、地方自治法第六十七條の適用についての原告の主張は賛成し難い、というのは原告主張のような無効投票の控除の方式は無意味に歸着するからである。

最後に落選者たる〓田〓三、八島伊作、土田庄次郞、櫻井和三吉の各有効得票中に原告主張のような無効投票が存ずることは爭う。

かえつて選擧會において當選者と決した石黑榮太郞及び小林榮治の有効得票とせられた九十票及び八十九票の中には、それぞれ左のような無効と認むべき三票及び二票の投票があるから、これを控除すると石黑榮太郞、小林榮治の得票は各々八十七票に減るのである。すなわち石黑榮太郞の得票中、檢乙一は型を用いたもの、檢乙二及び同三は候補者の何人を記載したかを確認し難いもの、小林榮治の得票中檢乙四及び同五は共に候補者でない者の氏名を記載したものとしていずれも無効とすべきである。從て石黑榮太郞及び小林榮治の兩名が當選を維持することは益々おぼつかないこととならざるを得ない。

これを要するに被告委員會の裁決には毫も失當の點はないのである。

參加人等の本件參加には異議がないと述べた。

(立證省略)

參加人兩名訴訟代理人は參加人兩名は本件選擧の候補者であつて選擧の結果當選したが、萬一被告委員會の裁決が是認せられるとすればその當選を失うこととなり、本訴訟の結果に重大な利害關係を有するから、原告を補助するため本件參加に及ぶと述べた。

理由

原告の本訴は昭和二十二年四月三十日執行の羽咋町議會議員選擧に際し訴外堀田仁太郞外二十一名の當選者が決定したについて訴外八島伊作外二名よりその選擧の効力に關し原告委員會に對し異議の申立をしたところ、原告委員會はその申立を却下する旨の決定をした、そこで前記三名はさらに被告委員會に對し訴願をしたが、被告委員會はこれに對し「本件選擧は無効とする、但し前記二十二名中最下位の石黑榮太郞及び小林榮治の二名を除くその餘の者は當選を失はない」との裁決を與へ、實質的には原告委員會のした決定を取消したため、原告委員會は被告委員會の右裁決に不服があるとして當裁判所に出訴したものであることはその主張自體に徴し明かである。

ところで當裁判所は原告委員會がこのような本訴を提起する適格を有するかどうかという點について職權を以て審査するに、

まず本件選擧についての選擧爭訟に適用せられる地方自治法第六十六條の規定を通覽するに、同條第二項は同條第一項を受けた規定であり、同條第四項は同條第一、二項を受けた規定であつて、同條第二項及び第四項中にいわゆる「不服がある者」とは同條第一項の「選擧人又は候補者であつて不服ある者」を指すに外ならないと解すべきである、そして選擧管理委員會は法律又は政令の定めるところにより當該普通地方公共團體又は國、他の地方公共團體その他公共團體の選擧に關する事務及びこれに關係ある事務を管理する職務權限を有する一の行政廳であつて(地方自治法第百八十六條第一項參照)このような行政廳は前記の「選擧人又は候補者」從て「不服がある者」の中に含ませることができないことは文理解釋から當然の結論である。のみならず、一般的にいつて行政廳が選擧に關して爭訟をなし得べき場合は法律によつてその權能を認められて居るときに限ると解すべきであつて、さればこそすでに廢止された道府縣制においては第三十四條第四項に府縣知事が、同じく市制においては第三十六條第七項に、府縣知事又は市長が、同じく町村制においては、第三十三條第七項に府縣知事又は町村長がそれぞれ、候補者又は選擧人のほかに出訴し得ることを特別の條文を以て定めていたのだ、と解すべく、これに反し地方自治法第六十六條には前記のように「選擧人又は候補者」とのみ規定しその他に行政廳に出訴を許した規定は全く存しないのであるから、地方自治法においては選擧の結果の公正をはかるための爭訟は選擧人又は候補者にこれをゆるすを以て必要かつ十分とし、行政廳にして選擧爭訟をなし得る者を削除したものと解するのが相當である。

あるいは、選擧爭訟は特定の權利又は利益の保護を目的とするものではなく專ら公益のために選擧の違法性を矯正することを目的とするいわゆる、民衆的爭訟であることと、選擧を管理し選擧の結果を發表すべき地位にある行政廳に當る選擧管理委員會は、要するに選擧の結果の公正を實現することを職責とするものであることを、考え合せるならば、前記の「不服ある者」の中に「不服ある市町村選擧管理委員會」を含むとするのが當然だと論ずる者もあろう。この議論において理由とせられるところはいかにも一つの見解たるを失わないのではあるが、しかしこれは立法に際して、前記の舊制度におけるような明文をおくべしと主張する理由とはなるけれども、かかる明文の規定のない現行法を、論者のごとく解釋すべき根據とはならない、というのが、當裁判所の得た結論である。

かようなわけで、原告羽咋町選擧管理委員會はその決定を覆へした被告石川縣選擧管理委員會の裁決に不服があるとして出訴することは許されないのであるから、本件訴は原告たる適格のないものの訴として却下を免れないのである。よつて民事訴訟法第八十九條、第九十三條第一項を適用し主文の通り判決する。

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